「what is museum(博物館とは何か)」という問いに対して、国際的な合意として示された最新の答えが、ICOM(国際博物館会議)が採択した新定義です。ICOMは世界138以上の国と地域から数万人の博物館専門家が参加する国際非政府組織であり、ここで決定される定義は世界各国の法制度や運営指針の事実上の世界基準となります。
この新定義に至る道程は、決して平坦ではありませんでした。端緒となった2019年のICOM京都大会では、従来の「収集・保存・研究・展示」という機能重視の定義に対し、脱植民地化、気候正義、社会的包摂といった強いポリティカルな文脈を盛り込もうとした執行部案と、「博物館を過剰に政治化させるべきではない」と主張する欧州中心の伝統派が激しく対立。総会での採決が異例の延期に追い込まれる事態へと発展しました。
その後、世界各国の部会で徹底した対話と文言の再調整が重ねられ、2022年8月のICOMプラハ大会において投票率92%以上の圧倒的多数で正式採択されたのが現在の新定義です。実に前回の定義改定から15年ぶりの刷新となりました。
新定義の要点は、博物館を「社会に奉仕する、非営利の恒久機関」と位置づけた上で、以下の要素を明確に組み込んだ点にあります。
- 開かれたアクセシビリティと包摂性:人種、性別、身体的条件、経済的格差を問わず、多様な人々に開かれていること。
- コミュニティの参画と対話:一方的な知識の伝達ではなく、地域社会や市民とともに知識を共創すること。
- 倫理的かつ専門的な運用:収奪された文化財の返還問題など、過去の負の歴史に誠実に向き合い、透明性を保つこと。
- 持続可能性への貢献:地球環境や地域社会のサステナビリティに寄与すること。
そもそもミュージアムの意味と語源を紐解くと、古代ギリシャ神話に登場する学芸や芸術を司る9人の女神「ムーサ(Muses)」を祀る神殿「ムーセイオン(Mouseion)」に行き着きます。紀元前3世紀、エジプトのアレクサンドリアに設立されたムーセイオンは、巨大な図書館、天文学研究施設、動植物園を備えた「知の総合学堂」でした。つまり、博物館とは本来、静まり返った収蔵庫ではなく、異なる学問や人間が交わり、新たな知とインスピレーションを生み出すダイナミックな対話の場だったのです。最新のICOM定義は、ある意味でこの古代の原点への回帰を果たしたと言えます。