関東と関西の関とはどこか?歴史に消えた境界線の真相と由来を追う

関東と関西の関とはどこか?歴史に消えた境界線の真相と由来を追う

関東と関西の関とはどこか?歴史に消えた境界線の真相と由来を追うの基礎知識と応用に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。

Q1:古代の三関だった「不破関」「鈴鹿関」「愛発関」の場所は今どうなっていますか?
A1:3か所とも史跡として保存・整備されています。岐阜県関ケ原町には「不破関跡」と資料館があり、当時の土塁や関所の規模を体感できます。三重県亀山市には「鈴鹿関跡」の調査資料館が設置されています。福井県敦賀市の「愛発関」は所在地の特定をめぐって長年研究が続いていましたが、近年の発掘調査で候補地が絞り込まれ、歴史公園として整備が進められています。

Q2:なぜ滋賀県にある逢坂関が「関東」と「関西」の境目になったのですか?
A2:平安時代に都が京都(平安京)へ移ったことで、京都からわずか十数キロしか離れていない逢坂関が、都を防衛し東国からの交通を管理する最重要拠点となったためです。都人にとって「逢坂関を出る=東国(関東)への旅立ち」を意味したため、この関所が東西を分かつ象徴的な境界として定着しました。

Q3:なぜ「箱根関所」が関東の基準として誤解されやすいのですか?
A3:江戸時代に徳川幕府が最も厳しい警備を敷いたのが箱根関所であり、東海道を旅する人々にとって「箱根を越えれば江戸(関八州)」という強い印象が刷り込まれたためです。浮世絵や歌舞伎、近現代のドラマなどでも箱根関所が頻繁に描かれた結果、「関所の代表=箱根」というイメージが定着し、関西との境界線であるかのように混同されやすくなりました。

Q4:現在の公式な公文書では「関東」と「関西」はどのように定義されていますか?
A4:国(省庁)の行政区分では、関東は基本的に「1都6県(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県・茨城県・栃木県・群馬県)」で統一されています。一方、「関西」は法令で明確に指定された地域名ではなく、公的には「近畿(2府4県:大阪・京都・兵庫・奈良・滋賀・和歌山)」が使用されます。経済産業省や観光庁などの管轄区分によっては、福井県や三重県、鳥取県などを近畿・関西ブロックに含める場合があります。

阿部 裕樹
著者

阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。