1992年夏の第74回全国高校野球選手権大会2回戦。下馬評では、怪物と称された星稜の松井秀喜と、四国の強豪・明徳義塾による白熱した名勝負が期待されていた。しかし、グラウンド上で展開されたのは、大方の予想を根底から覆す異彩を放つ心理戦だった。
明徳義塾の馬淵史郎監督が下した指示は徹底していた。ランナーの有無にかかわらず、松井の全5打席でバットを一度も振らせないストレートのフォアボール。勝負を一切避けるこの徹底した戦術に対し、回を追うごとにスタンドの空気は重く沈み、やがて巨大な怒りへと変貌していった。
試合終了の整列時、球場を包み込んだのは勝者を称える拍手ではなく、「帰れ! 帰れ!」という怒号とグラウンドに降り注ぐ投げ捨てられたメガホンやゴミの山だった。勝利を掴んだ明徳義塾のナインは、逃げるようにベンチ裏へと引き揚げざるを得なかった。高校野球の聖地・甲子園が、純粋な後味の悪さと激しい異論で埋め尽くされた異例の瞬間だった。