大竹しのぶと服部晴治の愛と別れ|病魔の真相とさんまへ託した遺言

大竹しのぶと服部晴治の愛と別れ|病魔の真相とさんまへ託した遺言

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大竹しのぶの元夫である服部晴治氏の命を奪った直接の死因は、末期の胃がんでした。幸福の絶頂にあった1986年春、服部氏は体調不良を訴えて精密検査を受け、その時点で既に病状は極めて深刻な進行胃がんであったと記録されています。

告知を受けた大竹しのぶは、まだ1歳にも満たない乳児を抱えながら、仕事を極限までセーブして夫の看病に専念する日々を送りました。当時の手記やドキュメンタリー番組での述懐によると、服部氏は自らの衰えゆく身体に苦悶しながらも、最後までディレクターとしての誇りと父親としての気丈さを失わなかったといいます。痛みに耐え兼ねる病床にあっても、幼い二千翔さんの写真を枕元に置き、妻の献身的な介護に「ありがとう」と感謝の言葉を絞り出していました。

しかし、現代の医療水準と比べても当時の抗がん剤治療や支持療法には限界があり、病勢の進行を止めることは叶いませんでした。発覚からわずか1年足らずの闘病生活の末、1987年1月、服部晴治氏は47歳というあまりにも早すぎる年齢で息を引き取りました。29歳にして未亡人となった大竹しのぶが、冷たくなった夫の手を握りしめながら流した涙は、昭和の芸能史における最も痛切な別れのひとつとして語り継がれています。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。