葬儀を終えた直後から、ちあきなおみさんは一切の取材を拒否し、決定していたスケジュールをすべて白紙に戻しました。メディアは「突然の蒸発」「電撃引退」と騒ぎ立てましたが、本人の口から公式に引退宣言が発せられたことは一度もありません。名義上は現在に至るまで「活動休止」のままです。
彼女がマイクを置いた決定的な理由は、ビジネスや名声のためではなく、「郷鍈治という唯一無二の理解者のために歌っていた」という芸術家としての本質にあります。昭和の芸能界において、女性歌手の活動休止や引退には様々な背景が存在しましたが、彼女の選択は極めて特異なケースでした。
音楽評論家の証言によれば、彼女にとって歌とは自己顕示欲を満たす道具ではなく、自らの情念を投影し、郷さんに届ける対話そのものでした。マネージャーとして外部の雑音を遮断し、彼女の芸術性を誰よりも守ってくれた防波堤を失った瞬間、商業音楽の枠組みの中で歌い続ける必然性が完全に消滅してしまったのです。