「毛を刈れば風通しが良くなって涼しくなる」という考え方は、全身に汗腺を持ち、汗の蒸発によって体温を下げる人間特有の感覚にすぎません。猫の生理生態を紐解くと、安易なサマーカットがむしろ暑熱環境への耐性を奪ってしまう構造的な理由が明らかになります。
まず理解すべきは、猫の被毛が果たす体温調節機能の精密さです。猫の毛は、外側の硬い「オーバーコート(上毛)」と内側の柔らかい「アンダーコート(下毛)」の二重構造(ダブルコート)になっている品種が多く、毛と毛の間に空気の層を抱え込んでいます。この空気層は、冬場の保温だけでなく、夏場の外気熱を遮断する断熱材として機能しています。つまり、被毛を短く刈り取る行為は、住宅から断熱材を剥ぎ取って直射日光に晒すことと同義なのです。
第二に、放熱メカニズムの相違が挙げられます。猫の汗腺は足裏の肉球周辺(アポクリン汗腺・エクリン汗腺)などごく一部に限られており、皮膚から汗をかいて気化熱で体温を下げることはできません。体温調整の主軸は、涼しい場所への移動、肉球からの放熱、そしてグルーミング時の唾液の気化熱です。サマーカットによって地肌が露出すると、毛に唾液を塗布して冷却する本来の気化熱システムがうまく働かなくなります。
第三に、紫外線と直射日光による皮膚ダメージです。猫の表皮は人間の数分の一の厚さ(約0.1ミリ程度)しかなく、非常にデリケートです。被毛という防壁を失った地肌は、わずかな日光照射でも日光皮膚炎を起こしやすく、長期的には扁平上皮癌などの皮膚腫瘍のリスクを高める要因となります。また、室内飼育であってもエアコンの冷風が皮膚に直接当たり続けることで、急激な低体温や自律神経の乱れを引き起こす危険性が見逃せません。