二人の関係性を紐解くうえで欠かせないのが、ブルトゥスの母セルウィリアの存在です。セルウィリアはカエサルが生涯で最も深く愛した女性の一人であり、カエサルは彼女のために高価な真珠を贈るなど特別な感情を抱き続けていました。
そのため、一時は「ブルトゥスはカエサルの実子ではないか」という噂がローマ市中で囁かれたほどです。年代計算の観点から実の親子関係は否定されていますが、カエサルがブルトゥスに対して並々ならぬ父親同然の情愛を注いでいたことは疑いようのない事実です。
前年の内戦(ポンペイウス派とカエサル派の内乱)において、ブルトゥスは敵方であるポンペイウスに組していました。しかしカエサルは軍司令官に対し「ブルトゥスを決して殺すな、丁重に保護せよ」と厳命し、戦後に彼を即座に赦免したばかりか、法務官などの要職に取り立てて将来の出世を約束していたのです。
それにもかかわらず、なぜブルトゥスは暗殺に加わったのか。その決定的な理由は「共和政ローマの維持という強烈な名誉欲と義務感」にありました。ブルトゥスの先祖はかつて王政ローマを打倒し共和政を樹立した英雄ルキウス・ユニウス・ブルトゥスです。元老院の権威を失墜させ、終身独裁官として「王」のように君臨し始めたカエサルを放置することは、自らの家名と共和政への冒涜にほかなりませんでした。私情としての恩義と、公人としての理念の間で葛藤した末の凶行でした。