なぜ藤原道綱母は、みずみずしく咲き誇る花ではなく、わざわざ「移ろひたる菊(色が褪せて衰えた菊)」を選んで夫へ贈ったのでしょうか。ここには、平安時代の貴族社会ならではの美意識と、作者の凄絶なプライドが絡み合っています。
平安時代において、白菊が晩秋にかけて紫がかった色に変色していく「移ろい菊」は、季節の推移を愛でる雅な風物詩としても扱われました。しかし本作において、その意味合いは極めて残酷な告発のメタファーへと転化されています。
第一に、「移ろひ」という言葉は、古語において「花の色が褪せること」と同時に「男の愛情が別の女性へ移ること(心変わり)」を意味する掛詞の働きを持ちます。つまり道綱母は、「私の目の前にあるこの色褪せた菊は、まさに私から離れていったあなたの冷めた心の姿そのものだ」と兼家を正面から糾弾しているのです。
第二に、作者自身の若さや美貌が衰えていくことに対する痛烈な自虐です。「本朝三美人」の一人と称され、誇り高かった道綱母自身が、兼家の寵愛を失うことで「自分もまた、盛りを過ぎて捨て去られる菊と同じなのだ」という底知れぬ絶望を吐露しています。単なる怒りの抗議文ではなく、自傷にも似た哀しみを兼家に突きつけることで、相手の罪悪感を徹底的にえぐり出そうとしたのです。
その証拠に、名歌「なげきつつ…」の最後を締めくくる「知るらむ」には、強烈な皮肉が込められています。現在推量の助動詞「らむ」は、目の前にいない兼家の状況を推し量る表現ですが、文脈上は「町の小路の女と甘い夜を過ごしているあなたに、一人泣き濡れる妻の夜の長さが理解できるはずもない」という鋭い反語として機能しています。