コピーロボットの存在は、物語に痛快な利便性をもたらす一方で、次第に不条理でスリリングな人間味を帯びていきます。その代表例が、「コピーロボットの自立と反乱」を描いた数々のエピソードです。
初期のサンデー連載版から「パーマンに水難の相」「野球は二人で」「コピーロボットの逆襲」といった回が描かれています。ミツ夫が「面倒な勉強は全部コピーに押し付け、自分はパーマンとして楽しく空を飛ぶ」という都合の良い使い方を続けた結果、コピーロボットが自らの境遇に不満を抱き始めるのです。
「なぜ僕ばかりが怒られ、損な役回りをさせられるのか」
「僕だって外で遊びたいし、美味しいものを食べたい」
コピーロボットは単なる機械の操り人形ではなく、コピーした相手の感情、欲望、思考の癖までも100%受け継ぐという特性を持っています。だからこそ、ミツ夫の怠け癖やズル賢さも忠実に宿してしまい、やがてオリジナルに反旗を翻したり、家出を企てたりする騒動へと発展しました。
1983年のテレビアニメ放映時には、『悲しきコピー・ロボット』というキャラクターソングまで制作されました。歌詞の中で切々と歌われるのは、「自分は偽物である」という宿命を受け止めながらも、オリジナルのミツ夫を陰から支え続けるロボットの哀愁です。ネットの掲示板やSNS上でも、「子供の時は便利でいいなと思っていたけれど、大人になって読み返すとコピーロボットの健気さと切なさに胸が苦しくなる」という感想が数多く寄せられています。完全な自己同一性を持ちながら、決して一番手にはなれない“影”としての孤独――。藤子・F・不二雄先生が描いたのは、機械文明の便利さの裏に潜むアイデンティティの悲哀そのものでした。