十和田湖「乙女の像」なぜ向かい合う?高村光太郎最後の傑作とモデルの真相

十和田湖「乙女の像」なぜ向かい合う?高村光太郎最後の傑作とモデルの真相

十和田湖「乙女の像」なぜ向かい合う?高村光太郎最後の傑作とモデルの真相の真相や最新動向に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。

乙女の像を目の当たりにした鑑賞者が真っ先に抱く疑問が、「なぜ二人が向かい合っているのか」という点です。ブロンズで鋳造された二人の裸婦は、身長約2.1メートル。左手と左手を今まさに触れ合わせようとする絶妙な距離を保ち、張り詰めた緊張感の中で向かい合っています。

この特異な構図について、制作を依頼した当時の青森県知事・津島文治(作家・太宰治の実兄)をはじめとする関係者は当初、単身の像を思い描いていました。しかし、1952年(昭和27年)に現地を視察した高村光太郎は、十和田湖の雄大な自然を前にして「ただ湖畔に立つだけの記念像」を拒絶します。光太郎は当時の手記や書簡の中で、次のような創作意図を遺しています。

「自然に対峙するとき、人間は一人では完結しない。向かい合う二人は他者ではなく、自分自身を映し出す鏡である」

光太郎が意図したのは、二人の女性の対話ではなく、「合わせ鏡による無限の空間の創出」でした。二体のポーズはほぼ同一であり、片方の像がもう片方の像を映し出している鏡像関係にあります。互いの左手が触れ合わないのは、触れてしまえばそこで運動と緊張が停止してしまうからです。触れそうで触れない数センチの隙間にこそ、湖の透明な空気と、永遠に完結しない緊張感が漂い続けます。大自然の懐に抱かれながら、自己の内面と対話し続ける人間の精神を、光太郎は二体のブロンズという極限の造形で表現しました。

佐々木 一輝
著者

佐々木 一輝

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。