「ちょっとだけよ」と「あんたも好きねえ」が引き起こした熱狂は、単なるテレビ番組の枠を超えて日本社会全体を揺るがす社会問題へと発展しました。学校の教室や廊下では、月曜日の朝になると小学生たちが一斉にサスペンダーを下ろして「ちょっとだけよ」を連呼。これに対し、全国のPTA(親と教師の会)は「低俗極まりない」「子どもに見せたくない番組」の筆頭として猛反発を示しました。
しかし、批判が過熱すればするほど番組の視聴率は跳ね上がっていきました。1973年4月7日の放送回では、日本のバラエティ番組史上最高となる世帯視聴率50.5%(ビデオリサーチ関東地区)を記録。日本国民の2人に1人が同時に同じコントを目撃するという、現在では到底考えられない驚異的な数値を叩き出したのです。
上の表が示す通り、『8時だョ!全員集合』は単なるバラエティ番組の枠に収まらず、昭和後期の家族構造や社会規範そのものと真正面からぶつかり合っていました。1984年2月に埼玉県入間市民会館で発生した「全員集合停電ハプニング」では、本番開始直後に会場全体が真っ暗闇に包まれる大事故に見舞われながらも、加藤茶や志村けん、いかりや長介らは手持ちの懐中電灯を片手に即興の掛け合いを続け、全国の視聴者を釘付けにしました。予定調和を破壊する度胸と技術があったからこそ、「ちょっとだけよ」のようなギリギリのネタも一過性のブームに終わらず、文化遺産として生き残ったのです。