山田孝之のキャリアは、日本の芸能史上でも屈指の珍しいスカウト劇から幕を開けた。鹿児島県で生まれ育った彼は、中学3年生の3学期に家族とともに上京。その直後、姉の買い物に同行して原宿のラフォーレ前を歩いていた際、大手芸能事務所スターダストプロモーションのスタッフから声をかけられた。
この時のエピソードは、後に本人がトーク番組『A-Studio』や数々のバラエティ番組で述懐している通り、「完全に女の子としてスカウトされた」という異例の展開だった。当時の山田は小柄で華奢な体躯、透き通るような白い肌、肩口まで伸びた髪、そして吸い込まれそうなほど大きな瞳と長いまつ毛を備えていた。マネージャーが背後から駆け寄り、正面に回り込んで顔を見た瞬間、あまりの愛らしさに女性モデルとしてスカウトしようとしたという。
性別が男性であると明かされた後も事務所側の熱意は冷めず、そのまま芸能界へ足を踏み入れる運びとなった。1999年、日本テレビ系ドラマ『サイコメトラーEIJI2』で俳優デビューを飾った当時の映像を振り返ると、中性的で儚げなオーラは群を抜いている。少年特有の繊細さと透明感は、メディア関係者の間でも「10年に1人の逸材」と瞬く間に話題を集めた。