政治家・平口洋氏の骨格を形作ったのは、徹底した実務主義と確かな学歴に裏打ちされた行政経験です。広島県江田島市にルーツを持つ平口氏は、県内屈指の名門である修道中学校・修道高等学校を経て、東京大学法学部を卒業しました。1972年に旧建設省(現・国土交通省)へ入省すると、都市局都市再開発課長や国土交通省大臣官房審議官といった要職を歴任。都市再生や治水・交通インフラの法制度設計に長年携わった「官僚中の官僚」として知られていました。
転機となったのは2005年のいわゆる「郵政選挙」です。自民党公認として広島2区から出馬し、初当選を果たしました。官僚出身議員の強みは、法案作成能力の高さと各省庁との太いパイプにあります。平口氏は当選後も道路や河川の改修、土砂災害防止対策など、自然災害のリスクを抱える広島のインフラ強靭化に奔走。法務大臣政務官や第4次安倍第1次改造内閣での環境副大臣といった重要ポストを歴任し、手堅い政策通としての地位を確立していきました。
派手なパフォーマンスを排し、霞が関の論理と地方の実情を突き合わせて形にする手腕は、永田町内部でも高く評価されていました。一方で、その冷静な仕事ぶりは有権者から「実務肌すぎる」「大衆的なアピール力に欠ける」と評されることもあり、官僚出身特有の硬質さが政治家としての独自のカラーとなっていました。