西尾アナのキャリアにおける最大の転換点は、2011年8月末の日本テレビ電撃退社でした。『ズームイン!!SUPER』が2011年3月に終了し、そのわずか数カ月後に発表された局アナ卒業は、業界内外に大きな衝撃を与えました。
当時囁かれた退社理由の根底には、およそ6年間にわたって続いた極限の生活リズムがあります。午前2時過ぎに出社し、早朝5時半からの生放送に備える過酷なルーティンは、20代後半から30代前半という心身の変革期にあった彼女に甚大な負荷を与えていました。当時の局関係者の回想録やインタビューでも、西尾アナがプロフェッショナルとして完璧な進行を追求するあまり、極度の睡眠不足と重圧に耐え続けていた様子が語られています。
さらに見逃せないのが、局アナという組織人としての限界です。日本テレビのエースとして重宝される一方、担当番組の枠組みに縛られ、30代以降のキャリアを主体的に描くことが困難になっていました。自らの言葉でより深くニュースを伝えたい、あるいは生活者としての普通の時間を取り戻したいという切実な思いが重なり、西尾アナのフリー転身という決断へと結実しました。