はだしのゲンがトラウマと呼ばれる真相|閲覧制限の経緯と現代の評価

はだしのゲンがトラウマと呼ばれる真相|閲覧制限の経緯と現代の評価

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ネット上のコミュニティやSNSで「子どもの頃に読んだ最大のトラウマ」という話題が出ると、決まって真っ先に名前が挙がるのが『はだしのゲン』です。読者に強烈な心理的ショックを与え、閲覧注意シーンとして語り継がれる最大の要因は、1945年8月6日の原爆投下直後を描いた圧倒的なはだしのゲン 原爆描写にあります。

ピカッと光った瞬間、爆心地付近の人々の皮膚が熱線で焼けただれ、蝋燭のようにドロドロと溶け落ちて垂れ下がる描写。眼球が眼窩から飛び出し、黒焦げになった赤ん坊を抱えて彷徨う母親、傷口に無数の蛆虫が湧き、水を求めて川を埋め尽くす無数の水死体――。少年漫画の枠組みを根底から破壊するこの地獄絵図は、数多くの読者にとってはだしのゲン 怖い理由として生涯消えない記憶となっています。

さらに読者の心を抉ったのが、被爆後の後遺症(原爆症)の恐怖を描いた展開です。中でも、主人公・ゲンと苦楽を共にし、家族同然の絆で結ばれた戦災孤児の親友・ムスビの最期は、作中屈指のはだしのゲン トラウマシーンとして有名です。必死に生き抜こうとした矢先、突然の脱毛と皮下出血に見舞われ、全身から血を噴き出して壮絶な苦悶の中で息絶える姿は、戦争が終わってもなお逃れられない放射線の理不尽な暴力を冷徹に見せつけました。

作者の中沢啓治氏は、生前のインタビューや自著『はだしのゲン自伝』の中で、当時の記憶について次のように語っています。
「あれでも漫画としてかなり控えめに描いた。実際の広島の地獄は、あんな生易しいものじゃなかった。人間の言葉や絵筆ではとても表現しきれない酷さだった」
実体験者だからこそ描けた妥協のない真実の重みが、何世代にもわたる読者の情緒を激しく揺さぶり、「トラウマ」という名の強烈な反戦の記憶として刷り込まれていったのです。

松本 悠斗
著者

松本 悠斗

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。