阿部定事件は、単なる犯罪史の一頁にとどまらず、国内外のクリエイターに強烈なインスピレーションを与え続けました。なかでも1976年に大島渚監督が手掛けた日仏合作映画『愛のコリーダ』(主演:松田英子、藤竜也)は、世界的な反響を呼びました。
この阿部定 映画は、過激な性描写ゆえに日本国内で検閲や裁判の対象となりましたが、カンヌ国際映画祭など海外の映画祭で絶賛され、人間の根源的な生と死、愛の狂気を描いた芸術作品として高い評価を獲得しました。映画だけでなく、坂口安吾や渡辺淳一といった名だたる文豪・作家たちも定の心理に迫る著作を残しています。
なぜこの事件が時代を超えて表現者を惹きつけるのか。それは、国家主義と戦争へ向かう息苦しい昭和初期の社会において、定と吉蔵が他者を完全に遮断し、お互いの存在だけに殉じた純粋な「個の極限」を見せたからに他なりません。