1997年の香港返還を控えた1987年1月、中英両国政府は九龍城砦の完全解体と公園化を電撃発表しました。そこから始まったのは、前代未聞の立ち退き作戦と膨大な補償交渉でした。
香港住宅管理局が提示した補償総額は約27億香港ドル(当時のレートで約500億円規模)に達し、住民には公営住宅への優先入居権や補償金が支給されました。しかし、家賃の安さや無認可営業の利権を失うことを拒む住民グループとの間で激しい対立が勃発。最終的に1991年から1992年にかけて強制退去が執行されるまで、5年以上の歳月を要しました。
この解体前後の貴重な姿は、日本の建築家グループ(九龍城探検隊)による精密な実測断面パノラマ図の作成や、NHKをはじめとする国内外のテレビクルーによるドキュメンタリー撮影によって克明に記録されました。当時撮影された解体直前の内部写真には、暗闇の中で営業を続ける肉屋や理髪店、迷路のような階段を駆け抜ける子どもたちとともに、壁の隙間を当たり前のように走り抜けるネズミたちの姿も生々しく捉えられています。