インターネット上の野球コミュニティや一部の記述では、「杉下茂はフォークボールばかり投げて打者を打ち取っていた」という誤ったイメージが散見されます。しかし、これは歴史的な事実とは大きくかけ離れた典型的な誤解です。
杉下茂氏本人が生前の自著や取材で明確に語っている通り、「1試合のなかでフォークボールを投げるのはせいぜい3球から5球、ここ一番の勝負球だけだった」というのが真相です。投球の根幹を支えていたのは、推定150キロに迫るホップするような伸びのある剛速球と、大きく鋭く曲がり落ちるドロップカーブでした。
杉下氏のピッチングの真髄は、精緻極まる心理戦にありました。打者の頭の中に「いつあの消えるフォークが来るのか」という強烈な恐怖心を植え付け、フォークを警戒して腰が引けた打者のインコースへ力強い直球を投げ込む。あるいは直球にタイミングを合わせた瞬間にドロップで崩す。フォークボールという絶対的な必殺球を隠し持っていること自体が、直球とカーブ威力を何倍にも引き上げる心理的レバレッジとなっていたのです。