「大都会」の公式な発売日は1979年11月21日。リリース直後から爆発的なセールスを記録し、オリコンチャートで連週1位を獲得、最終的な売上枚数は約150万枚(公称ミリオンセラー)という天文学的な数字を叩き出しました。1980年の年間シングルチャートでも3位に食い込むなど、まさに日本中を巻き込む社会現象となったのです。
この大ブレイクの下地を作ったのが、当時の登竜門として絶大な影響力を持っていたヤマハのコンテストでした。1979年10月に開催された第18回ヤマハポピュラーソングコンテスト(通称ポプコン)でのグランプリ受賞に続き、翌11月の第10回世界歌謡祭でもグランプリおよび歌唱賞をダブル受賞するという快挙を成し遂げます。九州のアマチュアロックシーンで腕を磨いていた実力派バンドが、一気に世界の頂点へと駆け上がった瞬間でした。
では、この伝説的な楽曲の作詞作曲は誰が手掛けたのでしょうか。公式クレジットによると、作曲はギタリストの山下三智夫、作詞は田中昌之、山下三智夫、そして友永ゆかりの共作となっています。佐世保や米軍キャンプ、博多のライブハウスで培われた泥臭くも骨太なアメリカンロックのエッセンスに、当時気鋭の編曲家であった船山基紀による洗練されたストリングスアレンジが融合したことで、歌謡曲ファンから本格派ロックリスナーまでを同時に唸らせる普遍的な名曲が誕生しました。