かつて日本において、大衆の可処分時間を奪い合うライバルは極めて少なかった。しかし今、スポーツエンターテインメントの選択肢は無限に広がっている。
スピーディーでハイライトが分かりやすいサッカー、カルチャーと密接に結びついたバスケットボール、世界規模で若者を熱狂させるeスポーツ。さらにはアニメ、ゲーム、VTuberといったデジタルコンテンツが可処分時間を激しく奪い合っている。そうした選択肢の洪水の中で、1試合に数時間を拘束し、攻守交替のたびに試合が止まる野球のフォーマットは、あまりに重すぎる。
もはや野球は、全世代が共有すべき「国民の義務教育」ではない。数ある娯楽のワンノブゼムに過ぎないという現実を受け入れられないメディア側の執着が、一般層の冷笑を生み出している。