東京大学法学部を卒業後、相澤が足を踏み入れたのは国家の中枢である大蔵省だった。主計局を中心に頭角を現した彼は、予算編成の現場で凄まじい手腕を発揮する。数字の背後にある政治の力学を見抜き、各省庁の利害を瞬時に差配する統率力は、同僚や上層部を唸らせた。
事務次官へと上り詰めるプロセスは、まさに大蔵官僚の系譜における王道であり、伝説的なエピソードに事欠かない。高度経済成長の波に乗りながら、国家財政のグランドデザインを描き続けた相澤の手腕は、官僚主導と揶揄されつつも圧倒的な実効性を持っていた。徹底した現場主義と冷徹なリアリズム。その二つが彼を唯一無二の存在へと押し上げた原動力だった。