視点を文学に移すと、「アンセム」という言葉はまったく異なる重層的な意味を帯び始める。ロシア出身の思想家アイン・ランドが1938年に発表したディストピア文学の傑作『アンセム』は、その代表例だ。
物語の舞台は、「私」という単数第一人称の言葉が消滅し、すべての人間が「私たち」という全体主義的な概念に支配された暗黒の未来社会。集団の調和という名のもとに個性が徹底的に抹殺された世界で、主人公の青年は禁じられた知識を追い求め、奪われた自己を取り戻すための孤独な闘いに挑む。
全体主義の恐怖と個人主義の尊厳を問いかける本作は、出版から半世紀以上が経過した現在もなお、ディストピア小説の原点として燦然と輝く。賛美歌を意味するタイトルを用いながら、ランドは個の自我こそが人類最高の聖歌(アンセム)であると静かに主張したのだった。