林家正蔵の経歴を語る上で避けて通れないのが、前名である「林家こぶ平」時代の熱狂と、2005年3月の九代目襲名にまつわるドラマです。
1980年代から90年代にかけて、こぶ平は『ものまね王座決定戦』の審査員や人気アニメの声優、情報番組のコメンテーターとして国民的な知名度を誇りました。しかし、父である不世出の爆笑王・初代林家三平の急逝(1980年)以降、若くして海老名家の大黒柱となることを宿命づけられていた彼は、タレント活動で多忙を極める裏で、噺家としてのアイデンティティに激しい葛藤を抱えていました。
祖父・七代目林家正蔵、そして大名人・八代目林家正蔵(林家彦六)が守り抜いた「正蔵」の大名跡を継ぐことが決まった当時、世間や演芸ジャーナリズムからは「タレント芸人に伝統ある大名跡は重すぎる」「時期尚早ではないか」という苛烈な批判が巻き起こりました。当時の特番インタビューや手記において、本人は「毎晩のように押しつぶされそうな恐怖を感じていた」と述懐しています。
しかし、彼は逃げませんでした。名跡の重みに応えるため、テレビのレギュラー出演を大幅に整理。五代目柳家小さん門下や桂歌丸、柳家小三治といった他の一門の重鎮たちに頭を下げ、貪欲に古典落語の稽古を請い、基礎から芸を叩き直す道を選んだのです。