では、現場の釣り人やコレクターたちは、往年のタックルや千一夜的な世界観をどう受け止めているのでしょうか。コミュニティの生の声やヴィンテージルアー評判を多角的に検証すると、興味深い光景が浮かび上がってきます。
SNSや専門掲示板で交わされるアングラーたちの証言には、強烈な賛否と深い納得が同居しています。
「最新のリアル系ルアーでボウズを食らった日、気分転換に結んだ70年代のヘドン・ビッグバドで水面が爆発した。ルアー千一夜に書いてあった『魚が見慣れていない波動』の意味を骨の髄まで理解した」(40代・琵琶湖遠征アングラー)
「ヤフオクで競り落としたオールドミノーを投げたら、浸水して即沈没。プラの接合部が経年劣化していた。ヴィンテージ品は飾る分には最高だが、投げるならリペアの覚悟が必要だと痛感した」(30代・オカッパリ派)
現場検証において明らかなのは、往年の名品ルアーに対する評価が「釣果至上主義」と「情緒・体験至上主義」の間で真っ二つに割れている点です。確実に1匹を獲る効率だけを求めるなら、最新のタングステンウェイトを積んだ国産ハイエンドプラグに軍配が上がります。しかし、「自分の手でルアーに命を吹き込み、意図したコースで魚を誘い出すプロセスそのものを楽しむ」という観点においては、半世紀前のウッド製・中空プラスチック製ルアーが圧倒的な熱狂を生み出しているのです。