桜田淳子の人生を決定づけたのが、1992年8月に韓国・ソウルのオリンピックメインスタジアムで挙行された、旧統一教会による約3万組の合同結婚式(国際合同祝福結婚式)への参加でした。芸能人としての絶頂期に教団への入信と結婚を堂々と宣言した記者会見は、列島全体に強烈な衝撃を与えました。
配偶者となった男性は、福井県内で町工場や会社を営んでいた一般信者でした。結婚後、桜田淳子は一時的に夫の地元である福井県敦賀市へ移住し、完全に芸能活動から身を引く形となりました。夫の事業をめぐっては、後に会社を畳むなど経済的な浮き沈みや教団への献金負担が取り沙汰された時期もありましたが、夫婦関係が破綻することなく現在に至っています。夫も現在は高齢期に入り、第一線の業務から退いて穏やかに妻と二人暮らしを送っていると伝えられています。
夫妻の間には、1993年から1998年にかけて長男、長女、次女の1男2女が誕生しました。彼女が都内に生活拠点を戻した最大の要因は、子供たちの進学と教育環境の確保にあったとされています。かつて「信仰二世」としての葛藤やプレッシャーが懸念された子供たちですが、現在はいずれも30代前後となり、一般企業への就職などを経て完全に親元を巣立ちました。子供たちが成人して自立を果たしたことで、長年背負ってきた母親としての肩の荷が下り、夫婦水入らずの静穏な生活環境が整ったといえます。