1950年代から60年代にかけて、日本の映画界は各映画会社が専属俳優を抱え込み、年間数百本もの作品を量産するメガスタジオ時代を迎えていました。なかでも大衆の熱狂を二分したのが、日活と東映を中心とする日活東映映画スターたちの競演です。
日活は、日本中に熱病のようなブームを巻き起こした石原裕次郎を筆頭に、小林旭、赤木圭一郎、宍戸錠といった無国籍アクションの担い手を輩出。若者の鬱屈したエネルギーを疾走感あふれるドラマへと昇華させました。対する東映は、市川右太衛門や片岡千恵蔵らによる時代劇から、鶴田浩二、高倉健が牽引した任侠映画、さらには菅原文太が泥臭い人間群像を演じきった実録路線へとシフトし、圧倒的な男性支持を獲得します。
これら昭和銀幕スター男性俳優たちの魅力は、単なる美男子にとどまらない、強烈な「生き様」の投影にありました。黒澤明監督作品で世界にその名を轟かせた三船敏郎の野生味あふれるダイナミズムも含め、スクリーンから放たれる生命力そのものが、戦後復興期の日本社会を力強く鼓舞したのです。