ネット空間における山本太郎氏への視線は、この発言を境に決定的な断絶を見せることになります。大手掲示板やSNS、ポータルサイトのコメント欄における有権者の反応を検証すると、現在も明確な二極化が確認できます。
批判派からは、「一時の感情で被災地を愚弄し、風評被害を決定づけた責任は重い」「科学的リテラシーを欠いたポピュリストの典型」といった厳しい指摘が絶えません。特に選挙のたびにこの過去ツイートが掘り起こされ、対立陣営からの批判材料として活用され続けています。
一方、支持派や擁護論においては、「未曾有の事故直後、大手メディアが報じない中で身体を張って危険性を警告しようとした勇気ある行動だった」「過ちは認めて謝罪しており、現在の積極財政や弱者救済の実績を見るべきだ」といった主張が展開されます。このように、「ベクれてる」騒動は、山本太郎という政治家の「情熱的な突破力」と「過激さゆえの危うさ」という表裏一体の性質を象徴する出来事として定着しています。