広辞苑が今日の権威ある地位を築くまでの歴史は、戦前の混乱と編纂者たちの凄まじい執念の歴史でもあります。
広辞苑の前身となったのは、博友社から1935年に刊行された『辞苑』でした。京都帝国大学教授であった言語学者・新村出(しんむらいずる)博士を中心に編纂が進められましたが、改訂作業の途中で太平洋戦争が勃発。空襲によって印刷用の紙型が焼失するなど、編纂事業は壊滅的な危機に直面しました。
戦後、岩波書店が事業を引き継ぎ、新村出博士とその息子である新村猛氏らを中心に再スタートを切ります。焦土と化した東京と京都の間で原稿のやり取りが幾度となく行われ、1955年にようやく『広辞苑 初版』が誕生しました。
初版から最新の第7版に至るまで、改訂のたびに新語の追加や既存語の語釈見直しが行われていますが、日本語の基盤となる五十音の基本骨格は脈々と受け継がれています。激動の時代を乗り越えて紡がれた約25万語の終着点として「んとす」が存在している事実は、日本語の歴史そのものの重みを物語っています。