インターネット上の掲示板や知恵袋などでは、「ブサイクをごまかすためにかけている」「顔の余白を埋めるためのコンプレックス隠し」といった俗説が頻繁に語られます。しかし、演芸評論家やバラエティの演出家たちの見立てはまったく異なります。
最大の盲点は、芸人が求めているのは「美醜の補正」ではなく、「視覚的な記号(アイデンティティ)の確立」であるという点です。舞台やスタジオという遠距離から見られる環境下において、人間の表情筋の微細な動きは客席の奥まで届きません。黒縁という明確なコントラストラインを眉と目の周辺に配置することで、怒り、驚き、戸惑いといった感情の記号がデフォルメされ、客席の最後列やスマートフォンの小さな画面でも瞬時に意図が伝達されます。
また、「伊達メガネは手抜き」という批判も的外れです。前述したように、レンズが入っているとスタジオの天井照明(ピンスポットやキーライト)が青白く反射し、演者の黒目が見えなくなります。「目が死んでいる」状態は笑いを生み出す上で致命的となるため、多くの芸人はあえてレンズを取り外す、もしくは数百万円規模の特殊反射防止コーティングを施した特注レンズを採用しています。笑いを阻害する物理的ノイズを極限まで排除した結果が、現在の「レンズなし黒縁スタイル」なのです。