「堂々巡り」とは、議論や思考、あるいは物理的な動きが同じところを何度も巡り、一向に前進や進展を見ない状態を指す慣用表現です。漢字表記から「堂々とした態度で巡る」という意味に誤解されるケースもありますが、本来の成り立ちはまったく異なります。
この言葉のルーツは、寺社において仏や神の加護を祈るために本堂の周囲を幾度も回礼する仏教儀礼の「堂巡り(どうめぐり)」にあります。古くから日本に根付く「お百度参り」や比叡山の「千日回峰行」に見られるように、聖なる建造物(堂宇)の周囲を一定の作法で歩き続ける行為は、現世利益や罪障消滅を願う極めて純粋で熱心な信仰の実践でした。
ところが、「どれほど熱心に歩き続けても、物理的には本堂の周りを周回しているだけで元の場所に戻ってくる」という客観的な情景が、いつしか「どれだけ時間や労力を費やしても結果が変わらず、振り出しに戻る不毛な営み」の比喩として世俗で定着しました。「堂」を重ねて「堂々」としたのは、語勢を強めて繰り返しのニュアンスを強調した擬態語的用法とされます。敬虔な祈りの所作が、時代の変遷とともに「停滞の代名詞」へと転じた経緯には、人間の営みに対する皮肉めいた観察眼が反映されています。