長年メディアを賑わせてきた明石家さんま ダウンタウン 不仲説の真相を探ると、発端は1980年代後半から1990年代初頭にかけてのお笑い界の世代交代劇に突き当たります。当時、『オレたちひょうきん族』などを通じてビートたけし、タモリとともに「お笑いBIG3」として頂点を極めていた明石家さんまに対し、関西の若者カルチャーを席巻したダウンタウンが『4時ですよ〜だ』の熱狂を引っさげて東京進出を果たしました。
東京進出当時の松本人志は、先輩芸人や既存のバラエティ演出に対して痛烈な批評眼を向け、自著『遺書』などでも旧来のお笑い界の慣習に激しい言葉を投げかけていました。こうした尖りきった姿勢や、スタジオで安易に迎合しないストイックなスタンスが、業界内外で「さんまとの間に確執があるのではないか」と受け止められる要因となったのです。
しかし、当時の番組制作プロデューサーや吉本関係者の証言を総合すると、ダウンタウン さんま 共演NG 理由の実態は感情的な対立ではありませんでした。最大の要因は、双方が1本あたり推定数百万円クラスのギャラが発生する超大物MCへと成長した点にあります。1つの特番に両者を揃えれば制作費は跳ね上がり、番組内の仕切りや尺の奪い合いが生じるため、制作者側がキャスティングを自主規制した「制作上の必然」が、いつしか共演NGの都市伝説へとすり替わったのがダウンタウン さんま 確執の経緯の真相です。