ネット上や保護者の間で頻繁に交わされる疑問の一つが、「スーホの物語は実話なのか、それとも完全な創作なのか」という問いです。綿密な文献調査と民俗学的ファクトチェックを行うと、意外な歴史的背景が浮き彫りになります。
結論から述べると、本作は「特定の歴史上の人物を描いた実話ではないが、馬頭琴の起源を語る伝承を土台にして生まれた民話的創作」に位置づけられます。
絵本『スーホの白い馬』(大塚勇三再話・赤羽末吉絵、福音館書店)の底本となったのは、中華人民共和国の内モンゴル自治区で1950年代に収集・整理された物語です。作家の蕭甘(シャオ・ガン)らが1950年代初頭に発表した文学作品『馬頭琴』が直接のルーツとされています。その後、中国の教育・文化政策の中で児童向けに再構成されたテキストを、大塚勇三氏が日本の読者に向けて見事な日本語文学へと再話しました。
一方で、本国モンゴル(モンゴル国・外モンゴル)における本来の伝統的伝承を比較すると、興味深い文化的相違が確認できます。
- 本国の馬頭琴起源神話(ココ・ナムジルの伝説):モンゴル国で広く伝わる伝承では、主人公は天馬(有翼の馬)に乗って夜ごとに愛する女性のもとへ通う青年「ココ・ナムジル(Kuku Namjil)」です。天馬の翼を嫉妬深い別の女性に切り落とされ、墜落死した愛馬の骨や毛から青年が馬頭琴を作ったと語られます。
- スーホ版(内モンゴル系):社会的な階級対立(支配層である殿様と被支配層である貧しい牧民)や、権力への抵抗という政治的・階級闘争的モチーフが強調されています。これは20世紀半ばの中国の文脈が反映された結果であると民俗学者から指摘されています。
- 馬の扱いに関する習俗の相違:実際の遊牧騎馬民族であるモンゴル人にとって、馬は個人の専有物という以上に生活を支える半ば聖なる存在です。馬に個別の愛称(ポチやタロウのような名前)を付けず「毛並み(白馬)」で呼ぶ描写は、伝統的な遊牧民の命名慣習に忠実であると評価されています。
実話そのものではないにせよ、遊牧民にとって馬がどれほどかけがえのないパートナーであり、命の一部であったかという「民族の精神的リアリズム」において、この物語は紛れもない真実を伝えています。