昭和の映画ファンにとって、テレビの洋画劇場を彩った案内人といえば、「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」の淀川長治さん、「いやぁ、映画って本当にいいもんですね」の水野晴郎さん、そして「モア・ベターよ」の小森和子さんでした。名物映画解説者がしのぎを削るなかで、小森のおばちゃまが際立っていたのは、本場アメリカ映画界とのダイレクトなコネクションです。
小森さんは日本人女性として初めてハリウッド外国人記者協会(HFPA)の会員に認められた人物の一人です。これは世界最高峰の映画賞の一つであるゴールデングローブ賞の公式な投票権を持っていたことを意味します。ハリウッドのスタジオや現地のスターたちにとって、彼女は単なる東洋から来たインタビュアーではなく、作品の正当な評価を下す重鎮ジャーナリストでした。
映画の専門用語を並べ立てるのではなく、観客と同じ目線に立って「この役者さんの切ない瞳を見てほしいの」と情熱的に訴えかけるレビュー手法は、難解になりがちだった映画評論家の世界に親しみやすさをもたらしました。感性と直感を重んじる解説スタイルは、多くの人々を映画館へと向かわせる原動力となったのです。