サングラス姿の洒脱な司会者として定着しているタモリさんですが、その原点には昭和芸能史でも類を見ない破天荒なバックボーンが存在します。本名は森田一義(もりた かずよし)。1945年8月22日、福岡県福岡市に生まれました。
早稲田大学第二文学部へ進学するも学費未納により中退。その後、地元・福岡へ戻り、保険会社の営業マンやボウリング場の支配人、喫茶店のマスターなど、多彩な職業を経験する波乱万丈な若い頃の経歴を歩みます。素人時代から福岡のジャズファンの間では「とんでもなく面白い男がいる」と噂されていました。
転機となったのは、九州公演に訪れたジャズピアニスト・山下洋輔氏らとの伝説的な出会いです。その芸の凄まじさに驚嘆した文化人たちがカンパを募ってタモリさんを上京させ、漫画家の赤塚不二夫氏が自身の仕事場や住居を提供して居候させたエピソードはあまりにも有名です。密室芸や「4か国語麻雀」「ハナモゲラ語」など、前衛的な芸で一躍アングラ界のスターとなり、1982年開始の『森田一義アワー 笑っていいとも!』で国民的司会者の座へと駆け上がりました。