大学卒業後、小林鷹之氏は旧大蔵省(現在の財務省)に入省した。昼夜を問わず国家予算や財政政策の立案に追われる超多忙な官僚生活。それを傍らで健気に支え続けたのが裕子氏である。
その後、鷹之氏がアメリカの最高峰であるハーバード大学ケネディスクールへ留学した際も、裕子氏は海を渡り、異国での生活をともに創り上げた。政治・公務分野で国際的視野を養う夫の苦労や葛藤を間近で受け止め、精神的支柱であり続けたアメリカ生活。海外の政財界要人との交流の場でも、裕子氏の堂々とした立ち振る舞いと語学力、深い教養は高く評価されていたという。