佐藤栄作の政治人生を語る上で欠かせないのが、妻である佐藤寛子(ひろこ)夫人の存在です。実は寛子夫人は、栄作の叔父(母の兄・佐藤松介)の娘であり、2人は「いとこ婚」の間柄でした。
寛子夫人は単なる首相夫人にとどまらず、卓越した政治感覚と歯に衣着せぬ物言いで知られ、「永田町のファーストレディ」として絶大な影響力を誇りました。栄作が激動の政局を乗り切る際にも、良き相談相手として夫を鼓舞し続けたエピソードは数多く残されています。
栄作と寛子夫人の間には2人の息子が誕生しました。
- 長男・佐藤龍太郎:政界へは進まず実業界へ進出。日本国有鉄道を経て、後にJRバス関東の会長を務めるなど、日本の交通インフラ発展に貢献しました。
- 次男・佐藤信二:父の地盤を継いで政界へ進出。通商産業大臣(現・経済産業大臣)や運輸大臣を歴任し、佐藤家の政治的後継者として重責を果たしました(2016年逝去)。
家庭内での強固な結束と役割分担が、栄作の2,798日におよぶ長期安定政権を水面下で支える原動力となっていたことは間違いありません。