漫画関係者や批評家がつくしあきひと氏を「鬼才」「天才」と呼ぶ背景には、読者の心理メカニズムを計算し尽くした独自の作劇論があります。
第一に挙げられるのは、徹底した「不可逆性」の提示です。一般的な冒険譚では、負傷や危機は仲間の回復魔法や奇跡的な展開によって元の状態へリセットされることが通例です。しかし『メイドインアビス』の世界では、失われた肉体や人間性は二度と元には戻りません。この冷徹なルールが、物語に並外れたリアリズムと命の重みをもたらします。
第二に、人間の根源的な「知的好奇心と破滅願望」の昇華です。精神分析学における「タナトス(死への衝動・根源への回帰)」と「エロス(生への執着)」の相克のように、主人公リコたちは死のリスクを完全に理解しながらも、深淵の底に何があるのかを知りたいという純粋な探求心だけで前進を止めません。読者は、自らの安全圏からその剥き出しの純粋衝動を追体験することで、他作品では味わえない強烈なカタルシスを得ることになります。