寿司屋の大きな湯呑みに魚偏の文字が所狭しと焼き付けられている光景は、日本の外食文化を象徴する風物詩の一つだ。都内の老舗江戸前寿司店で50年以上のキャリアを持つ板長は、「あの湯呑みは単なる飾りではなく、注文が立て込んで寿司を握るのに時間がかかる際、お客さんを退屈させないための粋な時間つぶしとして明治から大正期にかけて考案されたもの」と語る。手持ち無沙汰な時間に文字を読み解く楽しみを提供する、おもてなしの精神が原点にあったわけだ。
店頭で見かける代表的な文字を整理すると、現代の日常生活で頻出する魚へんの漢字は、私たちが口にする寿司種と見事に一致している。
たとえば「鮪(マグロ)」は、回遊する姿が群れをなして黒い塊に見えること、あるいは肉の色が深く黒ずんでいることから「有(黒ずむ、囲む)」がついたとされる。「鯖(サバ)」は背が青々とした清らかな魚であることから「青」が添えられ、「鰯(イワシ)」は水揚げするとすぐに弱って息絶えてしまう生態から「弱」が組み合わされた。このように、漢字の右側に位置する「つくり」は、その魚の視覚的特徴、生態、獲れる季節などを端的に表す記号として機能している。