歴史愛好家やネット上でたびたび白熱するのが、「三大怨霊の中で誰が一番強いのか」という最強議論です。霊的な規模や祟りの性質を比較すると、3者それぞれに異なる特徴があります。
国家史のパラダイムシフトを引き起こしたスケール感から、歴史研究者や作家の間では「崇徳上皇こそが日本史上最強の怨霊」と評されるケースが目立ちます。一方で、現代の実生活に直結する生々しい恐怖感においては平将門、天変地異の規模では菅原道真が挙げられ、何を基準にするかによって評価が分かれます。
なお、これに早良親王(さわらしんのう)を加えて「日本四大怨霊」と呼ぶ場合があります。早良親王は桓武天皇の弟でありながら藤原種継暗殺事件に関与したと疑われ、無実を訴えて絶食死しました。その直後、桓武天皇の近親者が次々と病死し、疫病と洪水が頻発したため、怨念から逃れる目的で長岡京を捨てて平安京へと遷都した経緯があります。国家の首都を動かした点において、早良親王も三大怨霊に匹敵する恐るべき怨霊の一角です。