彼の講師キャリアは、河合塾での爆発的な人気獲得から本格化した。受講立ち見が出るほどの超満員教室を作り出し、その後引き抜きを受ける形で東進ハイスクールへと電撃移籍。同校の映像授業システムの普及に絶大な貢献を果たし、全国の高校生にその名をとどろかせた。
大学受験界での頂点を極めた後、吉野氏の挑戦はそれにとどまらなかった。司法試験や行政書士などの国家資格受験指導で知られる辰已法律研究所とのタッグを結成。受験古文で培った独自の解答ノウハウと熱血指導哲学を、資格試験の分野へも応用展開していく広がりを見せたのである。