1972年に結成されたフォークグループ「海援隊」は、当初なかなかヒット曲に恵まれず、過酷な下積み生活を余儀なくされていた。起死回生の一曲となった『母に捧げるバラード』のヒットにより一躍脚光を浴びたものの、その後の活動は決して順風満帆ではなかった。
ヒット作の重圧や売上の低迷によりグループ内には不穏な空気漂い、幾度となく解散の危機に瀕した。打ちのめされ、音楽を諦めかけた武田に対して、節子さんは静かに、しかし力強い言葉をかけたという。「あなたがやりたいようにやりなさい。ダメならまた最初からやり直せばいい」。このブレない一言が、失いかけた自信を取り戻させ、海援隊を再び歩ませる原動力となった。