ブルマとは何だったのか?体操服が消えた驚きの真相と半世紀の変遷

ブルマとは何だったのか?体操服が消えた驚きの真相と半世紀の変遷

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「ブルマ」という名称の直接の起源は、19世紀半ばのアメリカで活動していた女性解放運動家アメリア・ジェンクス・ブルーマー(Amelia Jenks Bloomer)の名前に由来します。当時、西洋の女性たちは重いペチコートや内臓を圧迫するコルセット、裾の長いドレスの着用を強いられており、健康被害や動きづらさに苦しめられていました。

アメリアは、足首を絞ったゆったりとしたズボンの上に膝丈のショートスカートを重ねる「改良服」を自身が編集する雑誌『ザ・リリー』で熱心に紹介しました。この画期的なスタイルは彼女の名を取って「ブルーマー(Bloomers)」と呼ばれるようになり、女性の身体的自由と権利を象徴するムーブメントへと発展していったのです。

日本にブルマが伝わったのは明治時代の末期です。1902年、アメリカ留学から帰国した体操指導者の井口阿くり(いぐち あくり)が女子体育の重要性を説き、動きやすい体操服として日本女子体育の現場へ持ち込んだのが最初の契機とされています。

木村 陽翔
著者

木村 陽翔

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。