作中で最も読者の感情を揺さぶったのが、音楽教師・皆川茜の行動原理です。美しい容姿と清楚な立ち振る舞いの裏で、他人の男を次々と寝取っては優越感に浸る茜の行動には、根深い精神的飢餓が隠されていました。
茜が他人の好意を奪い続けた理由は、「誰かにとっての特別な一番になることへの恐怖」と「空虚な自己確認」です。自分自身に中身がないという強いコンプレックスを抱えていた茜は、他人が大切にしている好意を横取りすることでしか、自らの価値を実感できませんでした。誰かを本気で愛して傷つくことを極度に恐れていたため、最初から壊す前提の浅い関係を弄び続けていたのです。
そんな茜の歪んだ防衛機制を根底から打ち砕いたのが、鈍感なまでに誠実な国語教師・鐘井鳴海でした。鳴海は、茜がどれほど自分を試そうと、浮気相手の存在を匂わせようと、怒りも失望も見せず、「ありのままの茜さんを受け入れる」と宣言します。愛されない恐怖から攻撃的になっていた茜にとって、何をしても揺らがない鳴海の存在は、生まれて初めて出会った「絶対に壊れない安全基地」となりました。