ゴイアニア被曝事故の全貌|青い粉の恐怖と少女レイデの悲劇

ゴイアニア被曝事故の全貌|青い粉の恐怖と少女レイデの悲劇

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事故の舞台となったのは、ゴイアニア市中心部にあった私立の放射線治療専門クリニック「ゴイアノ放射線研究所(IGR)」の廃墟でした。1985年、同院は新社屋への移転を進める中で土地所有者との法的な立ち退き紛争に突入し、施設内には旧型の回転式遠隔放射線治療器(テレセラピーユニット)が置き去りにされていました。

治療器のヘッド部分には、放射線源として極めて高濃度の放射性同位体である塩化セシウム137(約50.9テラベクレル / 1,375キュリー)が装填されたままでした。裁判所は建物の差し押さえを命じ警備員を配置していたものの、警備体制は形骸化しており、1987年9月には無人状態となっていました。

1987年9月13日、金属スクラップとして売却し日銭を稼ごうとした2名の若い廃品回収業者が敷地内に侵入。重厚な鉛で覆われた治療器の照射ヘッドを台車に乗せて強奪しました。2人は重い金属塊を自宅に持ち帰り、バールやハンマーを使って数日間にわたり解体を試みました。この破壊作業によって、内部のステンレス製カプセルに亀裂が入り、保護用のイリジウム窓が破断。世界で最も危険な粉末が外気に触れることとなったのです。

中川 明日香
著者

中川 明日香

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。