塩屋埼灯台が背負う歴史は、美空ひばりの歌の世界だけではありません。昭和の名監督・木下惠介が手掛けた1957年の不朽の名作映画『喜びも悲しみも幾年月』の舞台となったことも、特筆すべき史実です。
映画の原案となったのは、かつて塩屋埼灯台の灯台守(航路標識保守員)を務めた田中績氏の妻・きよさんの手記でした。過酷な自然環境と孤立無援の岬で、国家の航路を守るために青春と人生を捧げた夫婦の愛と苦難の歴史。1938年の福島県東方沖地震、1945年の第二次世界大戦末期における米軍艦載機の機銃掃射による灯台守の殉職など、塩屋埼灯台は数々の悲劇の舞台でもありました。
そして2011年3月11日、東日本大震災が発生します。大津波は麓の薄磯集落を容赦なく呑み込み、甚大な被害をもたらしました。海抜73メートルの高台にあった灯台自体は水没を免れたものの、激震によってレンズを支える水銀槽が破損し、敷地内の地割れや断崖の崩落など深刻な損傷を受けました。
しかし、海上保安庁および関係者の不眠不休の復旧作業により、震災から約8か月後の2011年11月30日に奇跡的に本点灯を再開。さらに2014年2月22日には一般の参観業務も全面再開を果たしました。被災地の復興を見守る希望の光として蘇った経緯は、まさに「喜びも悲しみも幾年月」の精神を現代に体現したものと言えます。