光すら届かない水深数百メートルから千メートルを超える深海は、見渡す限りの漆黒と極度の低水温、そして圧倒的な高圧が支配する過酷な世界です。この広大な空間では、生物同士が出会う確率自体が天文学的に低く、同種の異性と巡り合えるチャンスは一生に一度あるかないかという過酷な現実が存在します。
チョウチンアンコウのオスがメスと同化する最大の理由は、「一度巡り合えた貴重な繁殖相手を絶対に逃さず、確実に受精を成功させるため」に他なりません。
卵から孵化したオスは、自力で獲物を捕食して大きく成長する道を最初から放棄しています。栄養を蓄えた卵黄のエネルギーが尽きる前に、発達した巨大な鼻(嗅覚器官)と目を駆使してメスが放つ微量なフェロモンやわずかな光の手がかりを追跡します。もしメスに出会えなければ、そのまま飢えと疲労で力尽きるだけの過酷な運命を背負っています。
奇跡的にメスを発見したオスは、迷わずメスの腹部や体側に噛みつきます。すると、噛みついたオスの口唇部から特殊な酵素が分泌され、メスの表皮組織を融解。互いの傷口が治癒するプロセスのように細胞同士が混ざり合い、やがて血管網が完璧に接続されます。血液循環が一体化することで、オスはメスから直接栄養と酸素の供給を受けられるようになり、自力でエサを食べる必要が完全になくなります。
血管が繋がったオスは、役目を終えた目や消化器官、脳などの主要器官を徐々に退化・縮小させていきます。最終的にはメスの体表に小さな膨らみとして張り付き、メスのホルモン信号に応じて精子を放出する「精巣機能に特化した付属器官」のような状態となり、文字通り生涯をメスと一体になって終えるのです。