本来は清らかな信仰儀礼である「お礼参り」が、なぜ「仕返し」や「復讐」という物騒な意味で使われるようになったのでしょうか。この二面性のルーツを探ると、日本の近代裏社会における隠語文化と、昭和から平成にかけての若者文化の変遷が浮かび上がってきます。
語源の第一の起点となったのは、近代以降の犯罪組織や刑務所周辺で使われていた裏社会の隠語(スラング)です。警察に通報した者(タレコミ屋)や、裁判で不利な証言をした証人、あるいは対立組織に対し、出所後や事件後に危害を加える行為を「お礼を届ける」と皮肉交じりの反語表現で呼んだことが始まりとされています。本来の「恩義に報いる」という意味を逆手に取り、暴力的な報復を隠蔽・装飾するための暗号的レトリックとして定着しました。
このスラングが一般社会へ広く浸透した決定打が、昭和50年代(1970年代後半〜1980年代)の校内暴力ブームとツッパリ・ヤンキー文化です。当時、厳しい指導や体罰を行った教員に対し、生徒が「卒業式」を境に校舎裏や職員室で集団暴行・嫌がらせを加える行為が頻発し、メディアや当事者の間で「卒業式のお礼参り」とセンセーショナルに報道されました。これが当時の人気学園ドラマや不良漫画作品を通じて全国的に認知され、「お礼参り=卒業後の教員への仕返し」というイメージが定着したのです。
社会学的な観点から見れば、これは「法や規律によって抑圧された側のルサンチマン(怨恨感情)が、制度的拘束の解けた節目(出所・卒業)に爆発する現象」であり、宗教的儀礼が持つ「節目に過去を清算する」という構造が、歪んだ形で世俗の人間関係へ投影された結果といえます。