茨城県北部における蕎麦文化の根幹をなすのが「けんちん汁」との融合です。鎌倉の建長寺を発祥とする精進料理の「けんちん汁」が、水戸藩領内であった常陸太田周辺の農村部へ伝播し、特産の根菜類と地粉の手打ち蕎麦を組み合わせた郷土食として独自に開花しました。
常陸太田のけんちん汁は、大根、人参、牛蒡、里芋、豆腐を胡麻油でじっくり炒め、醤油または味噌仕立ての出汁で煮込むのが伝統です。地元で最も好まれる食べ方は、茹で上げた冷たい蕎麦を、熱々で具沢山のけんちん汁に浸して食べる「つけけんちん」スタイルです。冷たい麺の引き締まったコシと、熱い汁に溶け出した根菜の滋味が口の中で溶け合い、蕎麦の風味を何倍にも引き立てます。
この郷土の知恵を支えているのが、品種としての「常陸秋そば」のポテンシャルです。1985年に茨城県の奨励品種に指定されたこの蕎麦は、旧金砂郷町の在来種から厳選された系統です。粒が大きく粒揃いが良好で、製粉した際の緑がかった美しい色合い、そしてタンパク質や糖分の含有バランスに起因する卓越した甘みと粘りを持っています。
蕎麦粉100%で打つ「十割蕎麦」は高度な技術を要しますが、常陸秋そばの強い粘りと豊かなグルテン様特性により、驚くほどしなやかで力強い麺線が実現します。つなぎを一切使わずに打たれた十割蕎麦を啜ると、噛みしめるごとに大地の香りが鼻腔を抜け、この地が「蕎麦の聖地」と呼ばれる理由を舌先で理解することができます。