山口壽一氏を語る上で避けて通れないのが、長年にわたりグループのドンとして君臨する渡邉恒雄主筆との関係性です。永田町や財界に恐れられたカリスマの傍らで、山口氏はいかにしてその信任を不動のものにしたのでしょうか。
内部関係者の証言によると、山口氏は単なる盲従の「イエスマン」ではありませんでした。渡邉氏が政治的・メディア的に強烈な攻勢を仕掛ける際、その法的脆弱性や潜在的リスクを冷静に分析し、時に直言を辞さずに制度的な「防波堤」となり続けたのが山口氏だったといいます。感情論を排し、法理と実利に基づいて最適解を提示する若き日の山口氏を、渡邉氏は最も信頼の置ける実務の担い手として重用していきました。
昭和から平成にかけて築かれた「ナベツネ独裁」の陰で、山口氏は強権的なトップダウン体制を法制面から支えつつ、自らの発言権を徐々に確立していきました。現在では、渡邉氏の威光を尊重しつつも、実質的なグループ経営の意思決定において主導権を握り、カリスマの時代から組織的合議体制への移行を静かに完了させた立役者と目されています。