宍戸開を語る上で避けて通れないのが、父である大スター・宍戸錠氏との確執と絶縁の理由です。2026年1月に宍戸錠氏が86歳でこの世を去った際、開が約8年間にもわたって父と直接顔を合わせていなかった事実が公となり、世間に大きな衝撃を与えました。
関係者への取材や当時の記者会見での証言を統合すると、父子の距離が決定的となった転換点は、2010年の母・游子(ゆうこ)さんの他界、そして2013年3月に発生した世田谷の実家全焼火災でした。長年、豪快奔放な錠氏と家族を柔らかな愛情で繋ぎ止めていた母が亡くなったことで、家庭内のバランスは大きく崩壊。さらに、一家の歴史と膨大な思い出が詰まった大邸宅が火災によって灰燼に帰した出来事が、父子の精神的な分断を決定づけました。
錠氏は「エースのジョー」としての虚構と現実の境界を失うほどに強烈なスター意識を持ち続け、晩年になっても家族に対して絶対君主のように振る舞う傾向がありました。一方の開は、個人の尊厳を持った一人の自立した男、そして表現者として生きることを望んでいました。当時の特番インタビューや会見の場で開が語った言葉には、深い苦悩が滲み出ています。
「会えば衝突し、お互いを傷つけ合い、最後には壊してしまう。距離を置くことだけが、父を父として尊敬し続けるための唯一の選択だった」
報道各社が騒ぎ立てたような単なる遺産争いや冷淡な育児放棄などではなく、お互いが強烈な表現者であったがゆえの魂の衝突であり、共倒れを防ぐために引いたギリギリの防衛線が「絶縁」という過酷な現実だったのです。